カテゴリ:日記( 519 )

今日、帰宅したら、未開封のカリカリをハルが突き落として→ユイが袋を破り
→腹いっぱいになっていた2匹。

本棚の上に置いていた私が悪い。
確かに悪い。

しかし、お仕置きとして、今日の晩ごはんは抜き。

満足な分食べてるクセに、私が晩ごはん食べだすと、腹減ったように
ちょっとなくにゃんこず。

・・・無視!!!!!((( ̄へ ̄井) フンッ

しばらくして諦めた2匹・・・。
あーあ、明日は朝早くから起こされるんだろうなぁ→空腹で。


・・・にしても。
なんだか最近の私、21時台には寝るようになってしまいました(‥;)

お陰で朝、早起きです。
今朝は5時に目が覚めて6時には起床。
(私が目が覚めた瞬間、どうしてにゃんこずも同時に目覚めるのでしょう?
身動きもしていないのに・・・?・・・一度目が覚めてしまうと、起きあがるまで
ハルがしつこくなく・・・これがちょっとだけウザイ)

・・・ということで、既に睡魔がお迎えにきてますので、まもなく寝ます。

私、アラフォーになったら、20時に寝る子になるのかしら?



おやすみなさい。
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by berrypafe | 2009-05-26 20:56 | 日記
”このコピーいいよね”

その1
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欲望には限りがありません。
現在の状況を「ありがたい」と受け止めましょう。


その通りだよね。

今朝もついつい散歩中に、「あの角まで、あの角まで」と思って歩くから
疲れた。
これも欲だわ(笑)
明日は、もっと大人しく素直に諦めよう。









その2
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ソラリア!やはり
貴女(あなた)とは戦う運命(さだめ)に
あったのです。
さあ強敵(とも)よ、この商戦(たたかい)に
決着(けり)をつけましょう。
【第二章】
定額給付金をめぐる
戦いが、今はじまる。

ソラリアVSイムズ


↑ソラリアステージのエスカレーター(側面がガラス張りの方)に乗って5階まで
上っている最中、何気にイムズ側を見たらこんなコピーが。

どんだけー!?(笑)
イムズやばくね?
ソラリアって女だったんだ(笑)
てかソラリア、超ケンカ売られてるって(笑)

しっかりこのコピーに食いついた後、笑いが出た。
私、これ書いたライターの人、好きかも( ̄m ̄〃)

第一章は、なんやったとかいな?

(補足)
イムズ、ソラリアは、福岡市は天神のメイン通りにある大型商業施設(デパートというのかなぁ?)
なんだけど、道路挟んで対面しています。ソラリアステージの横は三越、イムズの横は大丸です。
ソラリアステージのもう隣りに今更ながらに今度PARCOが建つらしい。
そうすると、イムズのもう隣には、天神コアとVIVREが並んでるからなー。
道路挟んで、なんか系統が似ている施設が対面してるんだよねー。

今日、久しぶりにコアとVIVREうろついた。
安かった・・・けど、若すぎて・・・(^^;;
私の着る服はございません。

かろうじて、ソラリアはいけるか?(笑)
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by berrypafe | 2009-05-19 16:38 | 日記
先ず最初に、またもや父方の親族に対する不満を書き連ねますので、
不快になりたくない方はスルーしてください。

あと、超長文です(; ̄ー ̄A アセアセ・・・
















********************

気持ちの整理がつきかけた途端、新たな側面を知ってしまい、流石に今度は
怒りの沸点を超えてしまい、昨日はかなりムカついていたんだけど、その後
合格のお知らせが来たので、もう不快な気持ちは吹っ飛んで喜びまくって
いました(笑)
ま、そんな感じで、実際にはそんなに深刻にはなっていません。
なので、今から読み進んでいっても心配されなくて大丈夫ですよ。
私は元気です。
寧ろスッキリ?

だけど、書き出すとどうしてもドロドロとしたものになるので仕方ない。
でも、私は記録しておこうと思う。
そして忘れない。

ちゃんとこの日記データ取ってるし、エキサイトのサービス繋がりで本にも
出来るから、ここの日記に書いておくのだ。

先日、またもや母から電話がきた。
内容は、父にかけていた生命保険の受取人が私と妹になっている為、
生命保険会社から手続きの為に電話が入った・・・というのだ。

この保険、母が離婚前からかけており、母名義の通帳から毎月保険料が
引かれていたそうだけど、とても小さな保障内容のものだったので、母自身も
すっかり忘れていたらしい。

でも、どうして保険会社の人は離婚した母の連絡先を知っているのだろう?
・・・と不思議に思い尋ねると、父の長兄が母の電話番号を保険会社の人に
教えたそうです。

・・・・・はぁ!?
母の連絡先を長兄(本家)は知っているにも関わらず、父の逝去について一切
連絡してこなかったんだ。

「知ってて連絡してこない」は、
「知らないけど、調べる気もない」より、もっと悪質だ。

よくもまぁ抜けぬけと「連絡先を知らないから葬儀に呼べなかった」とか周りに
言えたもんだわ。

ただ、もう1点疑問に思うことがあったので、昨日、保険会社の方から連絡が
入ったときに訊いてみました。
私「父が亡くなった事を、どうして保険会社の方がご存じなのでしょうか?」
保「・・・・・(少し沈黙あり)、お兄様(父の長兄)から、ご連絡がありまして・・・」
私「そうですか~、わかりました」
と言って話は終了。

電話が終わった後、沸点きました。

保険金も貰うつもりだったけど、受取人が子供名義になっているとは知らなかったんだ。
(母曰く、契約当初は、受取人は母になっており、後から子供名義に変更したそう)
でも、保険会社に電話したら、受取人が子供だから連絡先教えてくださいって逆に聞かれ
ちゃったんだ。そこで、即答出来ちゃうんだ。
身から出たサビっていうか・・・・・、

ばっかじゃないの!?

笑いもこみ上げたけど、どんだけ金に執着するんだ!?って思うと、どんどん憎悪が
わいてくる。
良心で解釈しようと思えば出来なくは無い。
長兄が直接電話して話すのは嫌だし、自分達はしっかり何千万も懐に手に入ったのだから、
ちょびっとばかりの保険金は子供達に与えてやれ・・・って気持ちで保険会社に電話を
してくれたのかもしんない。
でも、そんな考えを持つ人だったら、やっぱり父の逝去は報せてくるよね・・・。

(人を恨んじゃいけない・・・、わかってるよ、わかってる・・・)

んで、母と妹とそれぞれに電話して、↑の話をし、改めて離婚後の話を2人から聞いて初めて
知る側面がいくつかあって愕然。



母の話

離婚が決まる
(慰謝料の請求は一切していない)

翌朝、父の長兄が来て、
「弟が権利書を担保にして借金をしないよう、権利書を管理させて欲しい」と依頼にくる

手渡した土地と家の権利書の名義は、長兄が半分は長兄のものとして変更する
(何故に半分?よくわかんない)

父の借金取り立てが、母の職場と父の実家(本家)に来るようになる。
父はその間失踪。
母は、離婚した旨を告げ、支払い義務は無いとハッキリ断ったが数回取りたてが
きたそうです。本家にもよく来た様子。
本家の恨みが、父にではなく母と子供に向けられる。
(やっかい者を押し付けて逃げた)

父、脳梗塞の為、入退院を繰り返し、グループホームへ入所(入院?)する。
この前後に立ち退き料が入っている。
父、母、妹に関しては、離婚後も実際は交流があったとの事。
全部父から母に連絡を取って来ていた。
なので、父が入院する際、家の中の物を処分することになる為、母と父が直接相談して、
離婚前に母が気に入って買ったキャビネット(離婚直後、一緒に持って行きたかったけど、
父が頑として持って行く事を拒否)や、父が使わない家電等を引き取る事で話がまとまる

それ等を引き取った後、怒り狂って父の姉Sが母の職場に来て、勝手に物を持っていくな!
と、筋違いの事で悪口を言う。
また、母の自宅にも何度も電話をかけて悪口を言う。
そして、2回目に母の職場へ押しかけて尋問、悪口を述べまくっていた会話のひとつ、
姉S「弟は、アンタに復縁を何度かたのみにきたか?立ち退き料が入ってから
   きたのか?またアンタは、弟にお金が入ったから復縁を望んでいるのか?」
母「立ち退き料が入る前から復縁の話はあったし、立ち退き料が入った後も復縁の話はあった。
  だけど、父の生活能力がないことを指摘し、家庭を支えることができないのであれば復縁は
  出来ない、とお断りしました」
姉S「アンタの姿勢はわかった・・・」
・・・と、初めて納得した様子で、その後は父の悪口を散々母に話して帰ったそうな。
その後は、電話も訪問もピタリと止んだそうです。

この姉Sは、以前の日記に書いたけど、私の妹に「どろぼう猫!」と吐き捨てた張本人です。

長兄の嫁の、母に対する恨みは強く、母の悪口を近所中にバラまいていたそうだけど、
母も26年、地域に密着して生活しています。
娘の私が言うのもなんだけど、母は、とても人が良くて人望が厚く、みんなに好かれるタイプ
の人間なので、未だに父の地元の人や、父の友人、父の祖父母方の親戚、父の従姉妹との
交流は途切れていません。
なので、○○家の情報は、彼等が全部母に教えてくれるそうです。
だから、長兄の嫁が文句を言いまわっていることも、本家の近所に住む人が教えてくれて、
「でもね、長兄の嫁が言う事を誰が信じるね?誰もアンタが悪いと思っとらんよ。
 むしろ、やっと離婚したか!って思ってるくらいなのに」
・・・と、父の事を古くから知っている人達は、父の方に原因があると充分にわかっている
みたいでした。
なので、母も少しは気持ちが軽くなったようです。



妹は、両親の離婚当時、統合失調症の症状が酷く、かなり不安定でした。
幻聴、幻覚の症状が顕著で、妄想の世界に常に身をおいているような状況。
結果、家に火をつけてボヤを起こす・・・というような事もありました。
(今では嘘みたい。妹は、今の旦那さんと出会ってから本当に症状がよくなった)

私は県外に住んでる為、助けを呼びにくい。
なので・・・父に頭を下げて、自分が働いている時間、妹の面倒を見てやってほしい・・・
とお願いしたそうです。
父は無職(離婚前も無職で働く気なし)だった為、快諾してくれたそうです。
ま、その後入院しちゃうんですけど・・・。
でも、最初の脳梗塞の後は日常生活は大丈夫だったみたいで、妹と雲仙や小浜
まで温泉に浸かりにいったり買い物に行ったりしたそうです。

・・・と、ここまでは母から聞いた話。

ここから、妹の話

立ち退き料が入った後、父もお財布が暖かい為、妹にいろいろ買ってあげてた
そうです。バッグとか服とか・・・。
<実は、私達姉妹ともに、父から物を買ってもらった記憶がほとんどありません。
あったとしても、数千円するようなものは貰ったことありません。
ま、家にお金が無いから(全部お父さんが作った借金返済にまわってるから)、
父の手持ちのお小遣いも少なかったからでしょうけど。
(ただ、父は、母に生活費を渡す際、全額渡していたかどうかは不明。
 何せ、55歳で定年退職した際、退職金を1円も母に渡さず、友達と競艇場
や娯楽で使い果たしているので)>

温泉に行く頻度も多くなっていたそうです。

ある日、温泉の帰り道、父が本家に用事があるから車を少し止めて欲しい、
と言われた為、車を停車して父の戻りを待っていると、長兄の嫁が出てきて、
「お父さんと頻繁に会ってるなら、ちゃんとお父さんの世話をするつもり
でしょうね!」
と、聞いてきたそうです。
しかし、妹は病んでる最中だから、そんなの無理!って思ったけど、叔母の
言う事をそのまま聞くことしか出来ませんでした。

次に、父の居るグループホームへ遊びに来た時、父の姉Sが「どろぼう猫」
と言った事は前述の通りですが、グループホームの職員さん達にも、
どうやら「娘が毎回、お金をせびるために来ている」と吹聴しているようで、
職員さん達の対応が冷たかったそうです。
ただ、若い職員さんは普通に優しかったとのこと。

また、別のときに、父の弟Yが妹に対し、
「娘だからってイイ気になるなよ、あんまり欲張るな」

と、言ってきたそうです。

また、妹の結婚が決まったとき、父が200万円お祝い金を渡す・・・と
約束したのに、結局本家へ来るように言われ、出向くと長兄の嫁が
お金を渡したそうですが、このときに
「本人確認の為に名前を言って」
と、のたまったそうです。
私の実家は、本家の目の前にありましたが?
毎朝、本家の前に高校の送迎バスくるから、私も妹も毎朝、本家(菓子屋)
のたばこを売っている小窓のところから、
「おばあちゃん、オハヨ~」
って挨拶してたし、お店はガラス張りだから、外からも中からも店内が見える
から、おばあちゃん以外に誰かがいればわかるのによ?

確かに妹は肥ったけど(かなり)、わからないハズないじゃん!

本人確認?

そして、妹が父方の姓を名乗ったときに、
「それ、本名?」
って聞き、妹が頷くと、何故、○○家の姓を名乗っているのか?○○の姓を名乗って欲しくない
と言いたそうな不快な表情を見せたそうです。

この内容は初めて聞いたため、私・・・、
長兄の嫁Fを今すぐにでもぶん殴りに行きたい衝動を抑えるのに必死でした。

本人確認!?
それ本名!?

ふざけんなよ!?
○○家の血が1滴も入っていないのに、何偉そうなこと言ってんの?

○○家、全員名誉毀損だし!?

この長兄の嫁、嫌々○○家に嫁いだから、何やってもいいわけ?
違うでしょう!?
もっと不思議なのは、何故誰も逆らえないのか?
何故みんな恐れるのか?

妹は、私と大反対の性格で、非常に内向的な子です。
私が上記の事言われたら、間違いなく食ってかかってます。
だけど、妹は自分の意見をうまく口に出し切れないから黙るしかないんです。

結局、このとき症状悪化。

父への訪問がガタッと減りました。


・・・こうやって、まとめてみるけど、

母、妹、私・・・。
何が悪いんでしょう?

全くわかりません。

そして今回、母がいなくなったことで、どれだけ母が苦労してきたのか、父がどれだけ生活
能力に欠けた人間かを痛感したでしょうし、むしろ、母が26年も父方の親族に頼らず頑張っ
てきたことを、何故認めようとしないのでしょう?

むしろ母は感謝されて当然だと思いますが?

離婚のときだって、数年後に立ち退き料が入る事はわかってるから、お金の事を考えて
いれば、立ち退き料が入った後に離婚するでしょう?
だけど、そんなコトはしなかった。慰謝料も、当時の父の状況を考えて、請求はしない
・・・て配慮をしたのに。

なのに、私達の事を「どろぼう」と呼ばわったり、「お金をたかりにきてる」って、
どうして、そんな解釈になるんでしょう?
そうして、私達の事をそのように周囲の人たちに吹聴できるのでしょう?

恥ずかしいですね。
私と同じ血を通わせている人たちが、このような生き物であることが。

人に対する、労わり とか 感謝 とか 思いやり が欠如しすぎですよね?

でも、母や妹のように、相手の挑発(?)に乗らず、黙っていることが正解
だったのかもしれません。

だって、話して理解できる生き物じゃないもんね。

私は今回、長男の嫁Fが妹に言った、
「本人確認」
「それ、本名?」
が、一番人権侵害をしていると思えてしょうがなくて、ものすごく悔しい!
こんな、妹の存在を否定するような言い方ってある!?
いや、無いから!!!!!

私は、今も父方の姓を名乗っています。
これからも母方の姓にする気は一切ありません。
だって私の身体には死ぬまで○○家の血が流れているんだもん。
それに、私、おばあちゃんとかご先祖様に恨みないもん。

何故、○○家の血が1滴もその身体に流れていない長兄の嫁が言う?
何の資格もないよ!
ものすごい侮辱だよね!

・・・だけど、こんな心無い人のことをいつまでも恨めしく考えていると、
自分達が不幸になってしまう。

人を恨む気持ちは良くない・・・と私が呟くと、
「おねえちゃん、通常はそうだけど、そうやって気持ちを抑える必要ないよ。
 ○○家の親族は憎んでいいよ。そんなコトで私達が不幸になるなんて事ありえないよ!
 何も言い切れなくてすごく悔しい思いしたんだよ。本当に憎たらしいよ」

妹が素直に気持ちを露呈してくれるので、なんとなく私もホッとしました。

だから、2人で「憎ったらしいね!むかつくー!」と何度も言ってみました(笑)

あと、母が今迄ずっと家庭の為に尽くしてきてものすごく苦労をしてきたことを知っている私達は、
母が不憫で悲しくなりました。だからこそ、これからお母さんも、本当に○○家との縁が
完全になくなったわけだから、スッキリとこれからの生活の事だけ考えて欲しいと思います。

だから、あんな人達の事ばかり考えても仕方ないしさ、もう本当に何の縁も義理もないし、
特にお金の面では、あの人たちの好きなようにしているわけだから、今後何かとやかく言
われる筋合いも全くないから、いいよね。
私達は胸を張っていけるもんね。後ろめたいことも、やましいことも、あの人達に負を背負
っているわけでないもんね。

私達は、私達のこれからを考えようね。

・・・と言って、話をまとめました。

あと、保険金が入ったら、お母さんに半分ずつ渡そうねって話もした。
私の場合、お母さんに生活費の借金あるから、それも返さないといけないし。

お母さんのお陰で少しだけ助かりました。

勿論、お父さんにも感謝しておきました(お墓を思い浮かべてお礼は言った)

そして、長兄の欲が、私達に小さな恩恵を与えてくれたことにも感謝です(笑)
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by berrypafe | 2009-05-16 16:04 | 日記
先日から、ますむらさんトコのTOPページを飾る、
アタゴオル版、神奈川沖浪裏(富嶽三十六景)が素敵過ぎるぅ~
Love v(* ̄▽ ̄*)〃▽〃)Love

さっきまで、この画見ながら晩酌してましたが何か?



(´▽`)はぁぁ・・♪(うっとり)

次回作の、富嶽三十六景「両国橋夕陽見」が楽しみすぎる
ワクワク((o(゜▽゜○)(○゜▽゜)o))ドキドキ
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by berrypafe | 2009-05-09 20:17 | 日記
ムーミンコミュに入ってて良かった(*^_^*)

1月に宮崎市でムーミン展。何故福岡市ではないのかしらん?
建物が来年オープンだから、オープニングイベントなのかもねー。

今からo(^o^)oワクワク楽しみ★
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by berrypafe | 2009-05-06 22:59 | 日記
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でかっ。
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by berrypafe | 2009-05-04 15:01 | 日記
まぁ、恒例ですね。
今高速バスに乗りました。1泊2日諫早に帰省してきます。
ニャン達は、新居で初めてのお留守番。
おやつのきびなごを与えた後カリカリをお皿に盛ったのに食べてるし(゜◇゜)

まぁ、元気って言うか卑しいこと(笑)
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by berrypafe | 2009-05-04 14:59 | 日記
5月1日

先日、引越しの際に出た不用品を引き取って頂ける方に荷物を配送したんだけど、
その御礼として、小さな小荷物がポストに投函されていました★

こねこクレープさん、ありがとうヾ(〃^∇^)ノわぁい♪

大切に使わせてイタダキマスねv(*'-^*)bぶいっ♪

その後、不在連絡のメールが届き、全く身に覚えがなかったのだけど、
夕方以降に再配達してもらって、差出人を見てわかったのでした。

東の方の姉妹から、父の訃報に対し、優しい心遣いを頂きました。
本当にありがとうΣ('0'*)(・・*)(・・、)。・゜゜・(>O<)・゜゜・。

ニャン達も、とっても感謝しております。
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ハルは執拗に離れません(‥;)
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お花を飾ったらすぐさま近寄り・・・
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「パクッ」と既に葉を齧りましたΣΣ┏(|||`□´|||;;)┓
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その頃のユイは・・・、
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黙祷中・・・?

かなり癒されまくって、ず~っとニコニコ微笑みの夜でした♪
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ホントに本当~~~~~~~に、ありがとう(*´∇`*)
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by berrypafe | 2009-05-02 12:10 | 日記
先日は、私の超長い弔文を読んでいただき、ありがとうございます。
また、暖かいお言葉をコメントやメールで寄せていただいた皆様にも
厚く御礼申し上げます。

私自身は、父と11年も会っていない為、悲しみに溺れる程、辛さが
継続している訳ではありません。
まぁ、訃報を聞いた初日はお酒に呑まれてるから、最初は大きな
ショックを受けていますが。

故人を懐かしみながら、今迄思い出さなかった色んな過去を振り返る
貴重な時間を与えられたような気がします。

私自身、地元に年に1回帰るか帰らないかの人間なので、家族間の
交流を頻繁にしていた訳ではありません。

でも、家族だから、血の繋がりは絶つことが出来ないものだから・・・
決して家族の絆が完全に消える訳ではないと思っていました。

だから、全く会わなくなっていても、父が逝去した際、喪主は私になる
と母に常に言われていたし、そう考えてもいたし、そうでなかったとして
も、親族からは、連絡が来ると疑いませんでした。

この数日、最初は父が亡くなった事で気持ちがいっぱいになって、
ただ純粋に父の死を偲んでいましたが、次第に、親戚達の事を考える
とやっぱり憤りを覚えます。

他人を恨んだり憎んだり妬んだりする事は、実はとっても精神的に
大きな負担を自分自身に与えます。

人を呪わば穴二つ。

決して幸せにはなれません。

私が、自分の人生の標として大切にしている言葉があります。

「なにがしあはせかわからないです。ほんたうにどんなつらいことでも
それがただしいみちを進む中でのできごとなら峠の上りも下りもみんな
ほんたうの幸福に近づく一あしづつですから。」
「ああさうです。ただいちばんのさいはいに至るためにいろいろのかなしみ
もみんなおぼしめしです。」
~宮沢賢治 銀河鉄道の夜より~

この言葉を常に繰り返し呟きます。

呟きながら、心の平静を保とうと努めます・・・。

だけど、今はそれが難しいのが本音です。



********************

ふぅ。

まぁ、とりあえず、気分を変えます。

そういえば、26日、偲び酒を飲んでいて、まだ酔っ払う前に、
「銀河鉄道の夜を観ようねえ、お父さん」
と言って、観てませんでした。

私は、自分が死ぬときは、銀河鉄道に乗ってあの世に行きたい。

父の死を知った後、父はあの銀河鉄道に乗ったのだろうか?
・・・と、考えていました。

翌日は、安酒飲んだ影響で、1日中撃沈。
もう、二度と二日酔いになりたくない!
・・・って、何度目かの誓いを立ててました(^^;;

いや、今度こそもうしないよ、絶対に!
炭酸が好きなら、今度からコーラにしようかな。え?違う?(笑)

翌々日も、少おしだけお酒が残っているような気配。
ああ、嫌だいやだ。

部屋の中がお酒臭くなっているから換気換気。
お布団干して、布団カバー洗濯して。

その後、お風呂用椅子を買いにダイソーまでサイクリング。
部屋の中で寒くて震えていたから、家出るとき、マフラーキッチリ
首に巻いて出かけたら、途中で気分が悪くなるほど暑くなる( ̄Д ̄;;

ダイソーに寄る前に1階上にある雑貨屋さんのアロマコーナーで
色んな香りを嗅いでリラックス♪
家でアロマしたいけど、猫には害があるからリビングで利用できない
んだよね~。
昔、コンセント使ってアロマオイルを温めて部屋中良い香りにさせて
いたけど、ネットで「猫によくない」という記事を発見後、すぐに使用を
止めました。
なので、香りを楽しむのは、トイレに置いていたポプリかな。

今回、新居のトイレ用にってことで、1個購入。

購入後、そういえば、ダイソーにも売っていたなぁ?と思い出す。

ダイソーに移動して探すと、たくさんあった★
とりあえず、ダイソーでも1個買う。
最初に買った分は、クローゼットの中に入れよう。

という事で、我が家で香りを楽しむ場所は、
玄関とトイレとクローゼット・・・という事になりました♪

まぁ、これだけ楽しめる場所があれば、いっか☆ミ

今日は、夕方猫のゴハンを取りに行かねば。
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by berrypafe | 2009-04-29 11:19 | 日記
※ 超長文です。ご注意ください ※

今さっき、母から電話がありました。

結論から言うと、父が逝去したそうです。

他界した日は、3月12日だそうです。

今日は4月26日。

母親がこのことを知ったのは4月23日。

この事を父方の親戚は一切報せてきません。
父方の兄妹と母の共通の友人が23日に事情を知り、母に急いで報せてきた
そうです。

母は、私にすぐ報せたいと思ったけど、私が最近精神不安定になっている為、
電話口で報告するのが恐ろしく、GWに帰省したときに話をしよう・・・
と考えたみたい。

だけど、私が電話口で、
「何か悪いことなの?それなら電話口でいいから話して」
と言ったものだから、そのまま父の話となって、母が泣いていました。

何故、先方は、父の子供だけでも葬儀に呼んでくれなかったのか。
連絡を取ろうと思えば、狭い田舎なのだから何とでもなるはずなのに。

母に報せてきた友人の話によると、葬儀のとき、何故子供が参列していないんだろう?
って参列した何人かは感じたそうです。

この報せを受けた後、東京に住む父の弟には、直接電話をして訊ねてみたそうですが、
自分はよくわからない。とスルーされたそうです。

何故、このような状況になるかと言うと、実は伏線がキチンとありまして。

先ず、私が26歳のときに、私が母の背中を押して離婚を決断させて、実行しました。
何故ならば、お酒に呑まれた父は、人身事故やら何やらで、お酒が起因の莫大な
借金をこさえ続けていました。
父自身、子供の頃から祖父母に甘やかされて育ってきたボンボンの為、子供心が抜け
ず、ず~っと大人になりきれない人でした。
だから、母が借金返済の為に朝から夜遅くまで働いても、自分は朝から夕方終わる
仕事で帰って来ると、その後はお酒呑んでダラダラとテレビをみて、全く危機感のない
人でした。
お金の無心も母一人がやってきました。
1回だけ、父方の実家に相談したときは、嫁の甲斐性の問題と跳ね返されたそうで、
それ以降、一切父方の家に助けを求めたことはないそうです。
だから、母方の実家に頼るばかりになり・・・。
こんな状況だから、母の口からは常に父親の罵詈雑言ばかり・・・。
離婚したい、離婚したい。だけど、子供を捨てて離婚できない・・・というのが常でした。
それがものすごく嫌で、早く家を出たいと思うようになりました。
私も妹も成人した後も、結局状況かわらず。
もう子供は自立したんだから、離婚すれば!
・・・というのが、私の離婚の後押しの背景です。

んで、離婚届を父親に突き出した後、父方の実家に呼び出され、私も一緒に同行して
本家へ赴くと、私は「子供だから(既に26歳)」の理由で居間に足止めさせられ、
大広間に数時間みんなで篭ってました。
母親1人対父方親戚一同ってどんだけ不利な環境よ!?
・・・でも、ここで、思わぬ事態が発覚。
母すら知らない父の借金がワラワラと・・・。
このとき、全員で泣いたそうです。
この日は、全員母親に謝っていたそうですが、
翌朝には、父方の長兄が来て、「家の権利書を預かるから渡してほしい」と言われ
ました。理由としては、父がこれ以上の借金をしないため。
でしたが、その後、長兄は権利書の名義を自分に差し替えてしまいました。

実は、我が家は、県道拡張の為に、立ち退き指定地区で、あと数年すれば、数千万
のお金が入る予定だったんです。
んで、実際に5千万くらい?のお金が入り、住宅ローン及び、父の残務負債は0に
なり、むしろ数千万余る・・・という状況になったそうですが、その後、長兄の財産に
なったようです。

離婚後、まもなく、父は脳梗塞で倒れた為、福祉施設に入院することになり、年金も
出ていたので、自分のことは、自分の分でまかなえるようになりました。
当初は、立ち退き料は父親の通帳に入ったようですが、それも兄妹達が自分達が
管理する、という名目で、父親はそこそこ程度にしか使わなかったみたいです。
何しろ、妹の結婚資金を200万出すと約束しながら、実際には、親戚のところに
取りに来いとなり、父は居らず、親戚が祝儀袋ではなく、銀行の封筒を手渡しされ、
中身は20万だったんですから、兄妹達が通帳しっかり握ってたってことですねぃ。

なので、お金も絡んでしまっているし、子供を葬儀に呼ばなかったのは、財産分与の
事でゴタゴタしたくなかったのでは?

でも、何より私が一番推測しているのは、

「父親を捨てて逃げた嫁と子供達」

と憎まれていることではないでしょうか?

親戚達(1部の)は、離婚後の翌日以降より、母の悪口を近所にバラまきはじめ・・・。
田舎だし、父方の実家は昔は地主、今は老舗の菓子舗だし。すぐに広まります。

父方の親戚の中には、今もって母を慕う人達も数人いるので、母も今回の事情を
頑張って調べているみたいで、親戚の1人から教えてもらった情報にこんな経緯が
ありました。

父方の長男の嫁(この人が実権者だったりします。子供心に冷徹な人って印象が
あったし、おばあちゃん<父の母>もこの人嫌ってて、他兄妹とか息子のお嫁さん
もこの人嫌ってる・・・てゆう位、皆の嫌われ者・・・だけど、皆は彼女が怖くて誰も
逆らえない。私の母も離婚前は1度も逆らってない)が親戚の家にきたとき、
「葬儀は子供達だけでも呼んであげられなかったのかい?」
「連絡先知りませんから」
「でも、家族なんだし、時々会ってたりしてたみたいだし」
「そりゃ、親子だからでしょ」
「葬儀に参列させてあげたかったねぇ」
「○○家(私の苗字)とは、一切関係ありませんから!」

・・・と、言い放ったそうです。

ハハァ~。この人なら言いそうな台詞だな。

母が電話口で悔し泣き。
べり「お母さん、私も半分○○家の血流れてるからわかるけど、基本○○家は、淡白な
人間が多いんだって。だって、お父さんが施設に入院してから誰もお見舞い来なか
ったんでしょ?」
母「うん」
べり「○○伯母さんなら言いそうな台詞やない。どうせ、こんな事をする人達は、いずれ
罰が当たるって」
母「・・・そういえば、お母さんの友達も同じ事言ってた。○○家は跡継ぎが生まれてこない
から断絶するって。兄弟間の人間関係も長男の嫁の影響で更に悪化しているらしいし。
○○家の兄妹の中で、『○○家はもう終わりさ』と吐き捨てた人もいるんだって」
べり「・・・うん。」
母「お母さんとべりと妹だけは、お父さんの死を心から悼もうね。お父さんビール好き
やったたい?アンタ今日は、諫早方面に向かってお父さんを思いながら晩酌してやって
くれん?お父さん喜ぶよ」
べり「うん。そうやね。そうする」

そして・・・。
私は、父を遠い存在と思っていたはずなのに、実際に「死んだ」と聞いたとき、
「どうして、1度だけでも会いに行ってやらなかったんだろう?」
・・・と思いました。

こんな考えが浮かぶとは、正直思いませんでした。

そうしたら、涙が出てきました。


私の母は霊感が強い人です。(私と妹は一切無し)
年に数回は金縛りにあうけど、それこそ、先月、金縛りに会ったとき、父が正面から
母にシッカリとしがみついてきたそうです。
その時は、「何しよると!?離れてよ!」と力籠めたらスッと消えてしまったそうだけど、
その時のお父さんは、本当に実物がいたのと変わらなかったんだって。

その後、お父さんに何かあったのではないか?
と思い、父の状況を探れる友人に聞いてみても、
「いいや~、何も報せはないよ~」
という事でしたが、結局、身内で内々に葬儀は進めていったから、なかなかすぐに
わからなかったみたいです。

父は、酒癖さえ問題なければ、基本どこまででも優しい人でした。
母は、これさえなければ、離婚しなかったのにね、と言います。

離婚後も、妹は時々父に会いに行ったり、孫を見せに行ったりしてました。

また、父はずっと母の事を好きだったので、時々、母には電話をかけてきてたそう
です。
例えば正月のとき、
「魚は足りてるか?魚いっぱいあるから持って行くぞ」
と言って、家の近くまで運んできてくれたり、
「元気か?」
とたわいも無い事を話したり、
「先日まで入院しとったけど、親戚兄妹は誰も見舞いに来んかった」
とこぼしたりしていたそうです。

・・・てゆうか、母と父が、電話でそのようなやりとりをしたり、差し入れを持って
きたり等々していたことを初めてしりました。

母も、決して父を憎んでいたわけではなく、
「お父さんが誰にも負けないことは、ものすごく人が良くて優しい人柄やったって
こと」

4月30日が四十九日なので、GWには、お墓に納骨されていると思うから、
お墓参りにひっそり行こうね・・・という話でまとまりました。


私が、日頃、家族に対する情感が薄い・・・と日記にも書いていますが、
やっぱり、それって、血なのかなぁ。
○○家の人達が大嫌いって思っても、その延長線上に私は居るんだよね・・・。
そんな気持ちがあるから、○○家の事を考えても、無感情・・・ってゆうか、
遠くに感じる。

父の葬儀に参列出来なかった事は悲しいけど、お父さんが、今、色んな
苦しみから解放されて、あの世でノンビリしている事を考えたとき、
今はきっと幸せだよ・・・って思います。

この気持ちはそのまま母にも伝えました。

母も頷きながら、泣いていました。

1月18日に68歳になったばかりでした。
脳梗塞の発作を繰り返しながら、最期は肺炎が起因だったそうです。

私も20歳のとき肺炎で入院しているので・・・。
健康、気をつけよう。


今日は、コップを2つ用意して、お父さんと晩酌します。

今日の私は、お父さんの事を思うと優しい気持ちになっています。

でも、お母さんの金縛りの話を聞いてから、ちょっと怖いけど(^^;;
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by berrypafe | 2009-04-26 19:11 | 日記